述語制predicativity
山本哲士の解説
日本語に主語はない。述語表現があるのみ。それは、場所においてコンテクストを踏まえた表現になる。この文化は、述語技術を歴史伝統的に生み出してきた。風呂敷は、その述語的文化技術の典型である。対象である物にたいいして柔軟に対応していく。
主語判断は、述語的コンテクストによって規制されているのに、産業社会では社会規範に主体は従属するだけで、決められたコンテンツはこなせるが、コンテクストを読めなくなっている。相手の顔を見ず、相手を無視して、規則を押し付けてくる、それがサービスである。サービスは相手のためだと称して、実は自分に不手際、そそうがないように自分を守っているだけの技術になっている。
述語制は、述語制として主語・主体とは異なる言説体系にある。日本は、これをなしうる非常に高度な文化を身体領有しえている。それをホスピタリティとして場所においていかしていくことである。